三菱航空機のスペースジェットの報道についての独り言
今日はウイスキーに関係無いお話を独り言的に書いていきます。
ウイスキーのことは何も書かないので、そっちの人はそっ閉じでオナシャス。
わたくし、ウイスキー大好きなんですが、航空機にも興味がありましてね。
三菱航空機によって開発中の”国産航空機” スペースジェットについて気になる報道があったので思ったことをつらつら書いていきます。
0. そもそも旅客機開発って
飛行機の開発について、製造業に関わったことが無い方がなんとなく想像されるのは、設計してそれ通り作って、うまく飛んだら「やったー!販売開始!」って感じでしょうか。
しかし現実はそうではありません。
まず、販売して運航してもらうには型式証明(Type Certification、以下TC)、製造証明(Production Certification、以下PC)、耐空証明(Airworthiness Certification、以下AC)等々が必要です。
TCは、アメリカで言うとFAR(Federal Aviation Regulation)、日本で言うと航空法などで規定される航空機に対する安全性などの要求について、その航空機の設計が要求を満たしていることを証明するものです。
アメリカだとFAAが審査し、認められればその認定を受けることになります。
PCは、その航空機を製造する企業などが、その設計通りに製造できることを証明するものです。これも認定が必要です。
ACは、一機ごとに与えられるもので、その個体(航空機)が安全に飛行できることを証明するものです。これはTCとPCがベースになっていて、(以下略。ごめんなさい)。
今現在、スペースジェットはTCを取得するために試験を行っている段階にあります。
そのTC取得の難しさはなかなか理解できないと思いますが、とにかくめちゃめちゃハードルが高いと認識していただけたらと思います。
よくある例えとして、TC取得にはその航空機の重さと同じ重さの書類が必要だと言われています。
スペースジェットの最大離陸重量(MTOW)は42,800kgなのでA4サイズを4gとして何枚必要か考えてみましょう。
42,800x1,000/4=10,700,000枚
つまり、スペースジェットが安全な設計なんですよ!と証明するためには1070万ページの書類が必要ということになります。
想像できますか?
学生時代にほんの数枚のレポートを書くだけで徹夜したことがある方もいるのではないでしょうか。
その書類の中身、仮定ひとつ、計算ひとつが間違えていただけで、大勢の人命が失われる可能性があるため、とにかく時間と労力がかかります。
しかもこのFARが要求していることというのが曖昧で、どうやって設計の正しさを証明したらいいか非常に悩むことになります。
例えば、ある機能について「10であること」という要求があったとして、それの証明方法はなんでも良い。
つまり1+9でも良いし、5+5でも良い。なんなら12-2でも、2x5でも良い。
これをTCを発行する側に対して「うちはこういうデータをもとにこう考えるので、100÷10=10ってことにしようと思います」なんて宣言をして合意をもらう必要があり、その宣言である100÷10が本当に10になるんだということを試験やシミュレーションで示す必要があります。
ふわっとした説明になるのですが、そんな感じの書類をミスなく1070万ページ作ることは容易ではありません。
しかもこういうのって日本人には特に難しい。
我々が受けてきた教育は、公式、定理を与えられて、問題を解いていくというスタイルでした。
つまり先の例で言うと、200÷20=10という条件が与えられて、100÷10の答えはな~んだ?って感じの教育を受けてきたということです。
そんな我々にとって「それ本当に10になるの?」と言われても証明難しいじゃないですか。
まあそんな感じで、TC取得がそもそも難しいことに加えて、日本人にとってそれは更に難しいのです。
1. 現在までの報道の整理
さて、予備知識的なことはそこそこに、今回の報道について事実を整理していきます。
1.1.最初の報道
最初の記事はおそらく2020/10/22 夜の共同通信の記事でしょうか。
三菱重工業が国産初のジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)の開発費や人員を大幅に削減し、事業を凍結する方向で最終調整していることが22日、複数の関係者への取材で分かった。
開発費と人員の削減=事業凍結 という文脈で報道されています。
この記事をシェアしたツイートが現時点で4000回以上リツイートされ、この後から各社が一斉に同じ文脈で報道して”開発凍結”という認識が広まったと思われます。
1.2. 三菱重工による発表
報道の過熱鎮静化を図るためか、開発を行う三菱航空機株式会社の親会社である三菱重工業株式会社(MHI)から翌日2020/10/23にプレスリリースが発表されました。
ちなみに正確には100%子会社ではなく、90%くらいがMHIでその次がトヨタ自動車だったりします。抜かりないですね。
様々な可能性を検討していることは事実ですが、開発の凍結を決定した事実はありません。
凍結は決定していないという旨の発表です。
MHIとしては憶測や報道が過熱するのを防ぐのが目的でしょう。2020/10/30に2Q決算と合わせて今後の事業計画を発表するから、まずは落ち着いてくれ、という形でしょう。
1.3. NHKによる報道
MHIによる発表との時系列は定かではありませんが、MHIによる発表と同日の2020/10/23にNHKが様々な情報を整理した冷静な報道をしています。
関係者によりますと、スペースジェットの開発を進めている三菱航空機の親会社の三菱重工業は、開発費を来年度以降、さらに削減する方針を固めました。
この記事ではMHIによる発表があってだと思いますが、”開発凍結”という文脈では報じられていません。
MHIの収益を明らかに圧迫している開発費を来年度以降からさらに削減するということが述べられています。
さて、ここで人によっては ”さらに” という表現に引っかかる人もいるかもしれません。
これについての背景としては、2020/6/15の三菱航空機からの発表を見ると理解できます。
現在の経済情勢並びに当社を取り巻く事業環境の変化を踏まえ、(中略)、本年度は現在の設計を機体レベルで整理・確認することや3,900時間を超える飛行試験データーの検証を行っていく活動に注力して参ります。
つまり、今年度はそもそも認定取得に必要な飛行試験は実施せず、設計作業を改めて確認したり、過去の飛行試験のデータを分析するようなレビュー活動を行うという方針です。
2020年2月に6度目の納期延期を発表後、5月にはMHIが開発費半減を発表していましたので、6月のこの発表はそのブレイクダウンにあたります。
以上のように、今年度は既に開発費は半分になっておりそれに伴って認定取得のための試験は行われていなかったというところから、”さらに” 開発費を削減するという報道だったわけです。
2. 世間の反応
各種報道についてニュースサイトのコメント欄やSNSを中心とした世間の反応を振り返ってみましょう。
2.1 技術力はあるのになぜ~系の反応
「世界最強のゼロ戦を作ったじゃないか」
→時代は令和ですよ。軍用機ではなく民間旅客機ですよ。
「日本の町工場の製造技術は世界一高いのに」
→製造技術と生産技術、設計技術、認定取得技術の違いを考えてみましょう。
「MHIの人たちは優秀なのに」
→その通りですが、航空機は設計すればOKではない。
これ系の反応は航空機の開発や製造業系の研究開発について明るくない方々、つまり世間の大部分の人によるものでしょう。
技術力という言葉を好んで使う人は、まあ、技術畑ではないかアレがアレなことが多いので、あまりこの言葉は使わないほうがいいと思います。
多少かじった人であれば、こういったコメントを見て苦い思いを抱くかもしれませんね。
2.2. ホンダジェットはできたのに~系の反応
これも技術力云々の話と少し似ていますね。
まず、ホンダジェットはどこの国の商品でしょうか?アメリカです。
MRJに関する報道でよく言われるような”国産ジェット機”ではないのです。
ホンダジェットの型式証明を取得したのはアメリカにあるHonda Aircraft Company Inc という会社で、社長の藤野さんはメガネが特徴的で有名ですね。
もちろんホンダジェットのアイデンティティであるエンジン配置やフェラガモの靴から着想を得た胴体形状などは藤野さんのアイディアですが、開発にあたっての設計作業と認定試験はすべてアメリカFAAのもとで行われました。
FAAはB737Maxの件などでその体質に疑義が出てきていますが、Boeing機種を中心としたこれまでの経験は確かです。
ホンダジェットのターゲットとする市場はアメリカで、そこにはFAAがいる。
藤野社長のインタビューなどを見ると拠点をどこに置くかから始まり、従業員も部品サプライヤも能力やビジネスを最優先にして採用を決めていていることがうかがえます。
そうやってシビアに判断するとアメリカ産の機体にするのがベストなはずです。
Youtubeでフライトテストの動画などを見ると従業員のうち日本人はほとんどおらず大部分は現地の方々で構成されているのも分かります。
国を背負った「三菱は国家なり」のスペースジェットとは決定的に違うところですね。
スペースジェットは国の支援もかなり入っていて、経験が無い日本の国土交通省航空局(JCAB)を育てるという目論見もあってJCABが中心となって審査を進めています。
初めて審査する人(JCAB)と初めて審査される人(MHI)、そんなにスムーズにいかないのは当然でしょう。
また、パイロット含めて7人乗りのホンダジェットと乗客90人乗りのスペースジェットでは機体サイズに起因する違いのみならず、使われ方(飛行距離、時間、頻度)による違いも大きな壁になっているでしょう。
これも航空業界を少しかじった人であれば苦虫を嚙みつぶしたような表情になってしまうことでしょう。
2.3. 初めから無理だった系
これまでのような背景を理解している方であれば、ドライに考えればこの結論にたどり着くでしょう。
しかし、スペースジェットも最近はBoeing、Airbus、Bombardier、Embraerなどの機体メーカーで経験のある人を国籍に関わらず積極的に採用して今やほぼ”ガイジンプロジェクト”になっていたようです。
これも遅きに失したというかやり方が中途半端だったという感が否めません。
鎖国的な日本の会社に外国人が突然なだれ込んでくる様子は、さながら黒船襲来のように拒否反応を示す人が多いことは容易に想像できます。
結局は日本人vsガイジンの対立があったり組織面の問題に発展したようで、うまくいかなかった一因ではないでしょうか。
私もこのあたりの感想を持ちました。
2.4. 市場の反応
実はこれが一番面白いと思っています。
この報道が出てMHIの株価上がったんですよね。
10/22の終値2,224円が、報道が出た翌日の10/23終値は2,370円(+146円,+6.56%)となりました。
株主から見て、収益の観点から足を引っ張っているのは明らかでしたからね。
3. スペースジェットの今後
報道のミスリード、大衆と業界の認識の違いについてどうでもいいことを述べてきました。
一部ではこれで終わりだという文脈で語られていますが、10/30のMHIによる発表は違うものになるのではないかと思います。
現在すでに活動が停滞しているのは間違いありませんが、ここで終わりではないはずです。
なぜなら、この国プロ()にとってTC取得という大きなマイルストーンが至上命題だからです。
かつて世界を席巻した自動車を中心とした日本のモノづくり。
しかし自動車は電動化やモジュール化によって今や誰でもつくれるモノとなり、ハードウェア自体は家電などがこれまで経験したような価格競争に入るでしょう。
まさに破壊的イノベーションに直面しているわけです。
テスラのパネルのチリがあっていないから技術力が無い、などと言っている人はどうぞ、パネルのチリを合わせる仕事をしていてください。
すり合わせ型のモノづくりで強みを持つと言われてきた日本は、今後自動車産業で外貨を稼げなくなれば国内の雇用を維持できなくなるでしょう。
そんな日本と、国家たる三菱重工が国策として究極のすり合わせ型である旅客機開発を目指したのは理解できます。
こういう背景を考えると、今後について三菱重工または国が何かの判断をするにあたっては、開発費が1兆円になろうが1.5兆円になろうがTCを取得すること、その経験をすることに重きが置かれるのではないかと考えています。
日本を拠点として、日本の会社が日本のJCABから認定を取るというスキームを目指した時点で、初めからビジネスとしての成立性は度外視していたとしか考えられませんから、(関係者の方怒らないでね)今後も税金が投入されるのではないでしょうか。
一度自前で認定を経験すれば、その次はもっとうまくやれる、それを繰り返していけば製品ライフサイクルが長い航空機産業においてプレゼンスを高めていけるというストーリーを信じている限り、開発中止とはならないでしょう。
というか私の想いとしては、なんとかこの開発を完遂して欲しいと願っています。
だってあのすらっとした機体は美しいと思いませんか?
それに現場のエンジニア達はほんとに優秀で一生懸命に働いているはずです。
例えビジネスとしては失敗に終わっても、そんな美しい機体と現場の頑張りがTC取得という形で報われることを願っています。
そして、TC取得までたどり着けた後には、ここまでの失敗が美談として語られることがないことを願っています。
航空機好きとしては、こんなごちゃごちゃしたことは書きたくはなかったですが、個人の見解として独り言を書き留めることにしました。